【和歌】一人寝の夜に詠む
戯れに 言の葉交わす たまゆらに
身を焦がしたる 蛍なるかな
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戯れに言葉を交わす、甘美なその一瞬。
その一瞬が、真実か偽りか、永遠か刹那か、
そんなことは分からないまま。
ただその一瞬に、蛍のように身を焦がす。
蛍のように、儚く短いいのちと知りつつも。
愛のことばとポライトネス
大学時代の卒論で扱った、ポライトネス理論。
簡単にいうと、人は相手の面子を守るために、
言語表現を工夫しているというお話。
ポライトネス理論では、わたしたちは
人の面子(=face)を傷つけないために、
配慮した表現をすると考える。
たとえば、何かに誘われて断るときに、
「なんとなく行きたくない」が理由であれば
「行きたくない、行かない」で伝わるのに、
あえて「ごめんね、用事があって」などと
伝えるのがよい例だ。
逆にいうと、ポライトネス理論においては、
相手の面子(=face)を傷つけない場面では
配慮をして表現を変える必要がなくなる。
ところが、わたしたちが愛を語るとき、
なかなかストレートに伝えられない、
といったことは往々にして存在する。
相手の面子(=face)を尊重する
ポライトネスの戦略は必要ないというのに。
相手に対して愛を伝えるとき、
相手の面子(=face)は傷つくどころか、
より尊重されることになるはず。
それなのに、ストレートに伝えにくいのは、
愛のことばたちがもつ価値が
乱用によって薄れていくことを恐れるから
だろうか。
まるで、敬意の逓減のように。
あるいは、相手に愛のことばを伝え続けると
自分の面子(=face)が守れなくなるとか?
引き続き、じわじわ考えを深めたいものです。
【和歌】満月の夜に詠む
ぬばたまの 黒髪の海を すべる月
うち眺めたる 一人寝の夜
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黒く艶やかな髪にさす月光。
美しき髪の上を滑る月の光を、
他に見る人もなく、ぼんやり眺めながら
一人寝をする夜のさみしさ。
すべるは、滑ると統べるの掛詞。
黒髪の海の上を滑るようにさす月光。
そして、人や海を統べる月という存在。
海の波の満ち引きは、月の影響で生じる。
女には月の障りがつきものであり、
また月は人の理性を左右、統治するもの。
狼男や、アストルフォの伝説などのように。
だから、「統べる月」。
月の光を浴びた女の美しい髪は、
しかしこのStay at homeの状況において、
誰にも見られることはない。
その美しさを女だけがぼんやりと眺め、
さみしい一人寝の夜を過ごす。